
「神経は残したほうがいいの? それとも抜いたほうが確実?」
診療室で最も多いご相談のひとつです。痛みが強いと“今すぐ何とかしたい”お気持ちが先に立ちますが、歯の神経(歯髄)を残すか、根管治療で取り除くかは、その場の痛みだけで決めないほうが後悔がありません。むし歯の深さ、細菌の入り込み具合、症状の経過、レントゲン・CT所見――いくつかの要素を組み合わせて「残せる神経」かどうかを見極めます。ここでは、私が実際の診療でお話ししている順序で、判断の考え方と治療の流れ、治りを左右するポイントをわかりやすく整理します。
目次
- 歯の神経が担う役割
- 神経を残せるケースと、残せないケース
- 神経を残す治療の選択肢
- 根管治療が必要になるとき
- 根管治療の流れと通院回数の考え方
- 被せ物までが治療――再発を防ぐ設計
- 痛み・腫れとの向き合い方
- よくいただく質問
- まとめ
歯の神経が担う役割
歯髄は“痛みのセンサー”というだけの存在ではありません。歯に栄養を送って水分量としなやかさを保つ、細菌が近づくと防御反応を起こす、といった役割があります。神経が生きている歯は、割れにくさや温度感覚の面でも利点があるため、残せるなら残す価値が高いのは事実です。
神経を残せるケースと、残せないケース
神経が残せるかどうかは、臨床症状と画像所見で総合的に判断します。冷たいもので一瞬しみる程度で、痛みがすぐに引く、夜間にズキズキしない、レントゲンで根の先の黒い影(炎症像)がない――こうした状況なら保存の見込みがあります。
一方、何もしなくてもズキズキ痛む・夜間痛で目が覚める・咬むと強く痛む・温かいもので痛みが増す・腫れて膿が出る・根の先に明確な透過像があるといった所見は、細菌が髄室や根管内に入り込み、神経が回復不能になっているサインです。この場合は清掃・消毒を行う根管治療が適応になります。
神経を残す治療の選択肢
神経を残す方針には段階があります。むし歯を丁寧に取り除いたうえで覆髄(歯髄保護)を行い、密閉性の高い材料で封鎖して経過を見る方法。むし歯が深く、神経のごく一部が露出した場合は、部分断髄(露出部のみを最小限に取り除き、健全な神経を残す)を選ぶこともあります。いずれも無菌的な処置と即時のしっかりした封鎖が成功率を左右します。痛みが残る、温熱痛が強い、咬合痛が続くなどのサインが出れば、方針の切り替えが必要です。
根管治療が必要になるとき
根管治療は、感染した神経や細菌の塊を機械的・化学的に徹底清掃し、再感染を防ぐよう三次元的に密閉する治療です。放置すると、根の先に炎症が広がり、骨が溶ける、腫れる、膿がたまる、噛むと痛む――といった症状を繰り返しやすくなります。
「神経を取る=歯の寿命が縮む」と聞いて不安になる方もいますが、実際に寿命を左右するのは治療の質とその後の封鎖性です。清掃と封鎖が適切であれば、無理なく長期に機能できるケースは多くあります。
根管治療の流れと通院回数の考え方
初回は痛みの原因部位の特定、レントゲン(必要な場合はCT)で根の形や病変の有無を評価します。
治療は、
- ラバーダムなどで唾液を遮断して無菌的環境を確保
- 根管の形に合わせて拡大・洗浄し、細菌の温床を減らす
- 薬剤で最終消毒を行い、症状と画像を確認
- 根の中をガッタパーチャ等で緊密に充填
- 土台と被せ物で上から密閉して完成
という順序です。通院は症状の強さや根の形、病変の大きさによって変わりますが、数回に分けて確実に進めるほうが再発予防の観点で安全です。
被せ物までが治療――再発を防ぐ設計
根管治療は被せ物が入って初めて“フタが閉まる”イメージです。仮のフタのまま期間が空くと、唾液中の細菌が入り込み、せっかくの清掃が無駄になりかねません。歯の残り方によってはファイバーコアでしなやかな土台を作り、咬む力の方向を設計したクラウンで歯を守ります。咬合力が強い方、歯ぎしり・食いしばりのある方には、ナイトガードの併用が再発予防に有効です。
痛み・腫れとの向き合い方
治療の過程で、一時的なズーンとした痛みや咬合時の違和感が出ることがあります。多くは数日で落ち着きますが、痛みが強い、腫れが増す、発熱や違和感が長引く――こうした場合は我慢せずご連絡ください。対症療法や薬剤の調整、必要に応じて排膿処置を行うことで、経過を整えられます。大切なのは、途中で中断しないこと。中途半端な段階で放置すると、症状がぶり返し、治療が長引く原因になります。
よくいただく質問
神経を残したら痛みは再発しませんか?
生活反応が落ち着き封鎖が良好なら再発は抑えられますが、むし歯や噛み合わせの負担が続くと再燃することがあります。定期検診で早期発見・早期対応を。
根管治療は何回で終わりますか?
根の形や感染の程度で異なります。急性症状が強い場合や根が複雑な場合は回数が増えることがあります。回数より質と封鎖性が予後を決めます。
被せ物は必須ですか?
大きく削った歯は割れやすく、仮封や詰め物では密閉性が不足することがあります。長期安定を優先して被せ物をご提案することが多いです。
神経を取ると歯はもろくなりますか?
水分量が下がり割れやすくなる傾向はありますが、適切なコアとクラウン設計でリスクを最小限にできます。
まとめ
歯の神経は残せるなら残す価値が高い。ただし、痛みの強さだけで決めず、症状と画像で見極めること。
保存を選ぶ場合は、無菌的処置と即時封鎖が成功の鍵。サインが出たら方針を切り替える。
根管治療が必要なときは、清掃・消毒・封鎖を丁寧に進め、被せ物までをひと続きの治療と考える。
経過中の痛みや腫れは適切にコントロール可能。中断しないことが最短距離です。
「残せるのか、残せないのか」を迷われたら、まずは現在地の確認から。亀戸で無理のない計画を一緒に立て、将来の再治療リスクを減らしていきましょう。






























