
亀戸WADA歯科・矯正歯科の院長です。
「歯ぐきの腫れや出血が全身の病気に関係あるのですか?」――診療室でよくいただく質問です。結論から言うと、歯周病は“お口だけの病気”ではありません。慢性的な炎症が続くことで、体の中では血糖コントロール、血管の健康、妊娠の経過などに影響が生じ得ます。
ここでは、難しい専門用語に頼りすぎず、私が外来で実際にお伝えしている視点を中心に、「なぜ関係するのか」「何から整えるべきか」を、糖尿病・心血管疾患・妊娠期の三つの場面に分けて整理します。
目次
- 歯周病が全身に波及する仕組み
- 糖尿病と歯周病の“相互作用”
- 心血管疾患との関連――血管は炎症に敏感
- 妊娠期の歯ぐきの変化と母子への影響
- 歯科で行う評価と医科連携のポイント
- 今日から始めるセルフケアの再設計
- 歯周治療とメンテナンスの流れ
- よくある質問
- まとめ
1.歯周病が全身に波及する仕組み
歯周病は、歯と歯ぐきの境目の奥で細菌が増え、慢性的な炎症が続く病気です。炎症が続くと、体は“炎症性タンパク(サイトカイン)”を作り続け、血液を通じて全身に回ります。歯みがきや食事のたびに微小な出血が起こると、細菌や毒性の強い成分が血流に触れる機会も増え、血糖の上がりやすさや血管の反応性に影響が及ぶのです。
ポイントは、痛みが強くなくても“静かに長く続く炎症”が体にとって負担になるという事実です。
2.糖尿病と歯周病の“相互作用”
糖尿病では高血糖が続くことで免疫の働きが鈍り、歯周組織の修復力も落ちます。その結果、歯周病が悪化しやすい。一方で、歯周病由来の炎症物質はインスリンの効きを下げる方向に働き、血糖コントロールを難しくします。つまり、両者は“お互いを悪化させ合う”関係にあります。
私の外来では、糖尿病治療中の方に対して、歯周ポケットの出血や深さを指標に炎症を見える化し、集中的な歯周基本治療とホームケアの再設計を並走させます。血糖手帳や最新のHbA1cの値を共有いただき、内科主治医とも情報を行き来させると、口と全身の数値が一緒に安定していく実感が持てます。
3.心血管疾患との関連――血管は炎症に敏感
動脈硬化や心筋梗塞、脳梗塞といった心血管イベントは、血管の内側の“ささやかな炎症”の積み重ねが背景にあります。歯周病の炎症物質や細菌由来成分は、血管の内皮を刺激しやすく、脂質が沈着しやすい環境を作る一因になると考えられています。
もちろん、歯周治療だけで心血管疾患を防げるわけではありません。しかし、禁煙・運動・血圧管理・脂質管理と同じ地平に“口腔の炎症コントロール”を置くことは合理的です。血液サラサラの薬(抗血小板薬・抗凝固薬)を服用中の方でも、多くの場合は休薬せずに歯周治療やクリーニングが可能です。服薬内容をうかがい、出血リスクを見ながら、無理のない計画を立てます。
4.妊娠期の歯ぐきの変化と母子への影響
妊娠中はホルモンバランスの影響で、同じ汚れでも歯ぐきが炎症を起こしやすい状態になります(妊娠性歯肉炎)。つわりで歯みがきがつらい、食事回数が増える、寝ぐせのように“口で息をしがち”になる――こうした要素が重なると、腫れや出血が続きやすくなります。
研究では、重度の歯周病が早産や低体重児出産のリスクに関与する可能性が指摘されています。妊娠を考え始めた段階からのプレコンセプション・ケア(妊娠前の口腔管理)は有効ですし、妊娠後も安定期(目安として妊娠中期)を中心に無理のないクリーニングや指導が行えます。痛みを伴う処置が必要な場合は、産科の先生と相談のうえ、母体・胎児に配慮した範囲で対応します。
5.歯科で行う評価と医科連携のポイント
初診時には、歯周ポケットの深さ、出血の有無、歯の動揺、レントゲンでの骨の状態を記録し、炎症の全体像を共有します。糖尿病の方は血糖コントロールの状況(HbA1c・低血糖リスク)、心血管疾患の方は服薬(抗血小板薬・抗凝固薬・降圧薬)や既往、妊娠中の方は週数やつわりの程度、産婦人科での方針を把握します。
必要に応じて、内科・循環器内科・産科と双方向の連携を図り、避けるべき薬剤や治療タイミングをすり合わせます。歯科だけで抱え込まず、チーム医療に切り替えることが、安全で現実的な近道です。
6.今日から始めるセルフケアの再設計
セルフケアは“道具の選び直し”から始まります。歯ブラシは小さめのヘッドで、力を入れすぎないペン持ち。歯と歯の間はフロスまたは歯間ブラシを必ず一往復。出血がある部位ほど丁寧に、しかし粘膜を傷つけない圧で。就寝前はフッ化物配合歯みがき剤を口に残すイメージで仕上げると再石灰化が働きやすくなります。
糖尿病の方は就寝前の間食を控える、心血管リスクのある方は禁煙の本気の開始、妊娠期は嘔気に合わせたタイミングで短時間ケアを分割――生活背景に合わせて“続けられる形”に落とし込むことが、結局は最大の効果を生みます。
7.歯周治療とメンテナンスの流れ
治療は、まず歯周基本治療(クリーニング、スケーリング・ルートプレーニング、噛み合わせの微調整、セルフケア指導)から。数週間~数か月後に再評価を行い、出血やポケットの改善度を確認します。深い部位が残る場合は、部位限定の集中的ケアや外科的な選択肢を検討することもあります。
落ち着いた後は、メンテナンスが主役です。目安は3か月間隔ですが、糖尿病や喫煙、妊娠中などリスクが高い方は1~2か月に短縮することがあります。メンテナンスは“お掃除の予約”ではなく、炎症の再発を早期に見つけ、生活の微調整をかけ続ける場だと考えてください。
8.よくある質問
Q. 出血するところは触らないほうがいいですか?
出血は“そこに炎症がある”サインです。やさしい圧で清掃を続けるほうが、数日で出血が減ることが多いです。痛みが強い・腫れが強いときは受診を。
Q. 糖尿病で血糖が高い期間は治療を控えるべき?
緊急性のない処置は主治医と相談しつつ計画しますが、歯周の炎症を放置するほど血糖は安定しにくい傾向です。可能な範囲で“炎症を減らす側”に舵を切ります。
Q. 抗血小板薬や抗凝固薬を飲んでいます。止めないと治療できませんか?
多くの歯周処置は休薬せずに対応可能です。止める/止めないの判断は主治医と相談して決めます。
Q. 妊娠中にレントゲンは撮れますか?
必要最小限・防護のうえで安全域での撮影は可能です。痛みや腫れの原因同定が母体の負担軽減につながることがあります。まずは週数や体調をうかがい、代替手段も含めて検討します。
9.まとめ
歯周病は“静かな炎症”として、血糖コントロール・血管の健康・妊娠の経過に影響し得ます。
糖尿病・心血管疾患・妊娠期では、口腔の炎症コントロールが全身管理の一部です。
評価の見える化、医科との双方向連携、続けられるセルフケアの再設計、そして定期メンテナンス――この四つが肝心です。
「今は大きな自覚症状がない」段階ほど、将来の負担を減らすチャンスがあります。
亀戸周辺で「全身の治療と合わせて口の中も整えたい」という方は、まず今の炎症の“現在地”を一緒に確認しましょう。生活や通院事情に合わせた現実的な計画を、診療室で丁寧に作っていきます。






























